まだ緊急地震速報もなく、津波情報なども到達してからじゃないと情報がなかった時代の事を今、どんな風に報道されるのかシミュレーションをしている動画を見かけます。
その中でかなり気になったのが、北海道南西沖地震(奥尻)です。
これまでも日本海側で岩手などではチリ地震など津波を経験された人もいたでしょうけど、あれだけの被害が出る津波を見たのは初めての人も多かったと思います。
1993年7月12日22時17分
まだこの時代はインターネットも一般的にはないですし、携帯電話もまだまだです。
この時自分は、海の近くで直線距離にして1kmもなかったかと思うところの会社で仕事中でした。
残業で3人で残ってただけで、後は誰も会社にいません。
ラジオもなく、全く情報のない状態で作業中でした。
当時の記憶では震度4くらいの実感でかなり揺れた感じでしたけど、津波なんてことは全く想定してませんでしたし、情報もない状態でした。
とりあえず、倉庫にいたんでホールのシャッターを開けて様子を見ましたけど、停電もなく、近所には人けもなく、やってる会社もなく、静かなもんでした。
倉庫なので、棚にある商品などに影響が出てないかチェックなどして、余計な仕事が増えて更に遅くなったなって印象しかない感じでした。
因みに、この時に外線の電話が入っても出ることはありません。
万が一、これが一か八かのお客さんの電話だと営業ではない我々が出てしまって、「どうにか頼みます」と言われても対応ができないことになるんで、この時間帯では出ないんですよね。
なので、当時は上司が電話してきたかも不明です。
後でも聞いてません。
何時に帰ったかは覚えてませんけど、当時の平均的な帰宅時間は、午前2時頃。
朝は7時頃には自宅を出発するような生活をしていた時代です。
朝のニュースで大津波の被害を知りました。
当時は、自分は普通に帰宅も出来ましたし、何も考えてなかったんですけど、今回のシミュレーションを見てちょっとビックリでした。
実際にどのくらいの津波になったかは分かりませんけど、近くの海岸も津波警報が出てたみたいですし、現在に合わせたら大津波警報で避難をしなきゃない状態だったようです。
自宅に帰るには、もう少し海の近くを通ることになるんで、数百メートル先が海岸ってところも通るんで、実際、波が乗り上げてくることがなかったんでしょうけど、かなり危険な状況だったようです。
時間も深夜帯になりますし、海の様子は全く分かりません。
停電も道路のひび割れも感じなかったんで、ごく普通に帰宅しましたし、出勤も何も考えずにしたんですけど、今じゃちょっと考えられない状況ですね。
全体的に若干大袈裟に表現されますけど、どこで発生して、どこに大きく影響するか分からない自然現象なんで、大袈裟くらいで良いんでしょうけど、それにしても当時は何も考えなさ過ぎたなって感じです。
今だったらおそらく、ラジオやスマホなど何らかの手段で情報が得られますし、誰かと連絡が取りやすい状況でもあって、何も知らないで仕事してるなんてことはないんでしょうね。
しかも避難もしてなかったってなったら、会社も大変な目に遭うでしょうしね。
改めて時代が違う感じがします。